師匠・池田浩悦氏の事
池田浩悦氏はボクのBlogに度々登場しているのだが、フライ歴30年の大ベテランである。
ボクはここ数年池田さんとご一緒する機会が多いのだが、池田さんから学んで来たことは数限りない。技術もさることながら哲学も学ぶべき事が多かった。
未熟な自分が大先輩の釣りについて語るのもおこがましいけれど、池田さんからお許しが出たので載せることにした。
ここでボクが伝えたいことは釣りの技術のことよりも、池田さんのフライフィッシング哲学とはどのようなものかお伝えしたいからだ。

ヤマメ40.5cm
池田さんは鮭鱒族のフライフィッシングオンリーで、フライフィッシングに対してとてもストイックである。フライフィッシングはそんなに簡単に極められるものではないから他の釣りをしている暇は無いと、頑ななまでに他の釣りを拒む程の生粋のフライマンである。
ダブルハンドのサクラマス釣りから渓流のドライ、ウエット、止水のニンフまで幅広い。
全てのジャンルで卓越した技術を持っているのだが、渓流の釣りだけ取ってみても確固たる信念をもっている。
大物ヤマメの釣りといえば川幅の広い本流という感じがするが、池田さんの場合はウエットをダウンで流すような釣りではなく、一般的な渓流域でのドライフライである。
本流では尺ヤマメは平均サイズだが、渓流のヤマメでは尺あれば今も昔もトロフィーサイズであろう。
池田さんの場合は渓流域で、憂に尺を越えるライフレコードを狙っているのだ。

ヤマメ40.5cm
スタンダードフライの10番に14ft前後の4Xリーダーが標準である。
時には8番のドライフライに2X、3Xのリーダーシステムにすることもある。
その事からも判るように、小物は対象としておらず大物釣りに徹している。
必要以上に道具に頼らず、技術を持って攻略するのが池田さんの流儀。
本物の虫に似せる事に執着せず「フライらしい綺麗なフライ」で、魚に気づかれないような距離から「美しいループ」を延ばし、魚がなんの躊躇いもなくフライを捕らえるような「絶妙のプレゼンテーションとナチュラルドリフト」をするのが、洗練されたフライフィッシングの美学だろう。
沢田賢一郎さんの「達人の世界」という本に、達人とはどんな人かと言うことが書かれているが、池田さんはまさしく達人である。マインドアングラー誌でも沢田さんが池田さんのことを達人と認めている。
池田さんと話をしていると、池田流の哲学は沢田さんに通じる物がある。
池田さんは1980年頃から15年間に渡り、沢田さんを何度も案内してきたから当然であろう。
沢田流のフライフィッシングとはなんたるかを語ることの出来るフライマンはそう多く居ないのではなかろうか。

振り子状にしたバックハンドキャスト
沢田さんのところからは多くの著名なフライフィッシャーが輩出された。
池田さんもそのうちの一人で、沢田流の哲学を実戦してきた数少ないフライマンである。
沢田さんからたくさんの技術を継承しつつ、哲学に則って進化させてきた。
この哲学に則って進化するか否かが実は大切である。その本質を崩さずに進化させなければ全く別物となってしまうのだから。
多くの人たちは上達するにつれ自分流のフライフィッシングが頭をもたげ、なりふり構わず釣果を求め、また釣りの手段を選ばなくなってしまう。
本質は忘れ去られ、挙げ句の果てに自分が正しいと主張するために、今まで習ってやってきたことさえ否定し始める。高慢な精神がないからであろう。
池田さんは沢田さんの哲学に則って「キャスティング」「タイイング」「フィッシング」の三本柱のどれひとつとして疎かにしていない。
池田さんはそういった精神で釣りをしているので今の技術にまで到達したのだろう。
道具に頼りっきりではなく、技術を高めることで困難なことを可能にする業を拾得してきた。

ヤマメ36cm
魚釣りだからたくさん釣りたいのは池田さんも同じだが、自分のルールの中で楽しんでいる。
渓流の深みに沈んでいるヤマメを見つけたとしよう。ドライフライで釣れるポイントであれば、ドライフライで釣り上げることに執着する。
濁りが入りでもしてドライが無理な状況でなければウエットフライを結ぶことがない。
これは自分なりのルールであって、そこにドライフライのエキスパートの哲学が垣間見られる。
他の人ならニンフを流し込むことだろう。
せっかく出会えたトロフィーを、自分の納得行かない方法で釣り上げても虚しさが残るだけだというのを知っているからだ。
池田さんの釣りは自然の流れに逆らわず自然と同化しているようだ。
キャスティングひとつとってもせかせかと早く振ることをせず、必要最小限のラインスピードを維持し、少ない回数のフォルスキャストで静かにプレゼンテーションをさせる。
一見何気なく行っている動作が、実はおいそれとは出来ないような事ばかりだ。
同じ場所に立って自分もやってみればその事がどれだけ難しいことか、また自分が如何に下手なのか気が付くだろう。
この場でテクニックを解説してもたぶん伝わらないであろうから書くのは止めるが、簡単に表現するとすればフライフィッシングの三本柱の、基本動作の応用技術である。
ショートストロークのキャスティングが出きれば様々な応用が効き、ポイント毎に合わせた攻略が出来る。これは「キャスティング」技術が必要だ。
離れた場所からでもよく見え、波立つ流れを物ともせずにナチュラルドリフトしてくるようなフライを使う必要もある。
そのためにはスタンダードパターンが有利だし、浮力を稼ぐためにタイイングを工夫する。これにはタイイング技術」が求められる。

15yd先でアワセが決まった瞬間
それらの技術を駆使し、その時々の状況に合わせて魚の動向を読み、魚がなんの躊躇いもなくフライをくわえるような釣りをする。
数多く釣り場へ出向き体得するしか無いのだろうが、豊富な経験から最善の読みが出来る。
これが「フィッシング」の技術。
それらが出来るようになると大物が釣れるようになってくる。
しかしそうは言っても自然相手。時には面白いくらい魚が釣れることもあれば、攻略できない魚と遭遇することもある。池田さんでさえいつもいつも思ったとおりにいかないという。
いかなる状況であろうとも最善の釣りができるように技術の向上を惜しまない。
釣りたいという意気込みが並はずれているから、朝早くから夕方まで休み無しで渓を闊歩する。
たまにしか釣りをしない人でも釣れる状況とポイントを心得ていれば、技術が無くても大物を釣り上げる。こういった人とは「格」が違うのだ。
池田さんのようにフライフィッシングの三本柱である「キャスティング」「タイイング」「フィッシング」全てを高いレベルで実践できる人とはなかなか出会うことがない。
キャスティングだけ、タイイングだけ、釣りだけとか、精々のところ二つは上手いが一つ欠けているという人なら世の中には居るだろう。確かにキャスティングの達人や優秀なタイヤーや釣り名人かもしれないが、それではフライマンではないと池田さんは言う。
ボクが知る限りでは岡崎の平岩さんも池田さんと比肩する方である。
それを越えるフライマンは沢田賢一郎さんくらいではなかろうか。
池田さんは今でも沢田さんの釣りを尊敬し、目標としている。
信頼できる師匠であればこそ一生涯の目標とできるのだろう。
師匠のことを敬い続けることの出来る池田浩悦氏がボクの師匠で本当に良かったと思う。
ボクはここ数年池田さんとご一緒する機会が多いのだが、池田さんから学んで来たことは数限りない。技術もさることながら哲学も学ぶべき事が多かった。
未熟な自分が大先輩の釣りについて語るのもおこがましいけれど、池田さんからお許しが出たので載せることにした。
ここでボクが伝えたいことは釣りの技術のことよりも、池田さんのフライフィッシング哲学とはどのようなものかお伝えしたいからだ。

ヤマメ40.5cm
池田さんは鮭鱒族のフライフィッシングオンリーで、フライフィッシングに対してとてもストイックである。フライフィッシングはそんなに簡単に極められるものではないから他の釣りをしている暇は無いと、頑ななまでに他の釣りを拒む程の生粋のフライマンである。
ダブルハンドのサクラマス釣りから渓流のドライ、ウエット、止水のニンフまで幅広い。
全てのジャンルで卓越した技術を持っているのだが、渓流の釣りだけ取ってみても確固たる信念をもっている。
大物ヤマメの釣りといえば川幅の広い本流という感じがするが、池田さんの場合はウエットをダウンで流すような釣りではなく、一般的な渓流域でのドライフライである。
本流では尺ヤマメは平均サイズだが、渓流のヤマメでは尺あれば今も昔もトロフィーサイズであろう。
池田さんの場合は渓流域で、憂に尺を越えるライフレコードを狙っているのだ。

ヤマメ40.5cm
スタンダードフライの10番に14ft前後の4Xリーダーが標準である。
時には8番のドライフライに2X、3Xのリーダーシステムにすることもある。
その事からも判るように、小物は対象としておらず大物釣りに徹している。
必要以上に道具に頼らず、技術を持って攻略するのが池田さんの流儀。
本物の虫に似せる事に執着せず「フライらしい綺麗なフライ」で、魚に気づかれないような距離から「美しいループ」を延ばし、魚がなんの躊躇いもなくフライを捕らえるような「絶妙のプレゼンテーションとナチュラルドリフト」をするのが、洗練されたフライフィッシングの美学だろう。
沢田賢一郎さんの「達人の世界」という本に、達人とはどんな人かと言うことが書かれているが、池田さんはまさしく達人である。マインドアングラー誌でも沢田さんが池田さんのことを達人と認めている。
池田さんと話をしていると、池田流の哲学は沢田さんに通じる物がある。
池田さんは1980年頃から15年間に渡り、沢田さんを何度も案内してきたから当然であろう。
沢田流のフライフィッシングとはなんたるかを語ることの出来るフライマンはそう多く居ないのではなかろうか。

振り子状にしたバックハンドキャスト
沢田さんのところからは多くの著名なフライフィッシャーが輩出された。
池田さんもそのうちの一人で、沢田流の哲学を実戦してきた数少ないフライマンである。
沢田さんからたくさんの技術を継承しつつ、哲学に則って進化させてきた。
この哲学に則って進化するか否かが実は大切である。その本質を崩さずに進化させなければ全く別物となってしまうのだから。
多くの人たちは上達するにつれ自分流のフライフィッシングが頭をもたげ、なりふり構わず釣果を求め、また釣りの手段を選ばなくなってしまう。
本質は忘れ去られ、挙げ句の果てに自分が正しいと主張するために、今まで習ってやってきたことさえ否定し始める。高慢な精神がないからであろう。
池田さんは沢田さんの哲学に則って「キャスティング」「タイイング」「フィッシング」の三本柱のどれひとつとして疎かにしていない。
池田さんはそういった精神で釣りをしているので今の技術にまで到達したのだろう。
道具に頼りっきりではなく、技術を高めることで困難なことを可能にする業を拾得してきた。

ヤマメ36cm
魚釣りだからたくさん釣りたいのは池田さんも同じだが、自分のルールの中で楽しんでいる。
渓流の深みに沈んでいるヤマメを見つけたとしよう。ドライフライで釣れるポイントであれば、ドライフライで釣り上げることに執着する。
濁りが入りでもしてドライが無理な状況でなければウエットフライを結ぶことがない。
これは自分なりのルールであって、そこにドライフライのエキスパートの哲学が垣間見られる。
他の人ならニンフを流し込むことだろう。
せっかく出会えたトロフィーを、自分の納得行かない方法で釣り上げても虚しさが残るだけだというのを知っているからだ。
池田さんの釣りは自然の流れに逆らわず自然と同化しているようだ。
キャスティングひとつとってもせかせかと早く振ることをせず、必要最小限のラインスピードを維持し、少ない回数のフォルスキャストで静かにプレゼンテーションをさせる。
一見何気なく行っている動作が、実はおいそれとは出来ないような事ばかりだ。
同じ場所に立って自分もやってみればその事がどれだけ難しいことか、また自分が如何に下手なのか気が付くだろう。
この場でテクニックを解説してもたぶん伝わらないであろうから書くのは止めるが、簡単に表現するとすればフライフィッシングの三本柱の、基本動作の応用技術である。
ショートストロークのキャスティングが出きれば様々な応用が効き、ポイント毎に合わせた攻略が出来る。これは「キャスティング」技術が必要だ。
離れた場所からでもよく見え、波立つ流れを物ともせずにナチュラルドリフトしてくるようなフライを使う必要もある。
そのためにはスタンダードパターンが有利だし、浮力を稼ぐためにタイイングを工夫する。これにはタイイング技術」が求められる。

15yd先でアワセが決まった瞬間
それらの技術を駆使し、その時々の状況に合わせて魚の動向を読み、魚がなんの躊躇いもなくフライをくわえるような釣りをする。
数多く釣り場へ出向き体得するしか無いのだろうが、豊富な経験から最善の読みが出来る。
これが「フィッシング」の技術。
それらが出来るようになると大物が釣れるようになってくる。
しかしそうは言っても自然相手。時には面白いくらい魚が釣れることもあれば、攻略できない魚と遭遇することもある。池田さんでさえいつもいつも思ったとおりにいかないという。
いかなる状況であろうとも最善の釣りができるように技術の向上を惜しまない。
釣りたいという意気込みが並はずれているから、朝早くから夕方まで休み無しで渓を闊歩する。
たまにしか釣りをしない人でも釣れる状況とポイントを心得ていれば、技術が無くても大物を釣り上げる。こういった人とは「格」が違うのだ。
池田さんのようにフライフィッシングの三本柱である「キャスティング」「タイイング」「フィッシング」全てを高いレベルで実践できる人とはなかなか出会うことがない。
キャスティングだけ、タイイングだけ、釣りだけとか、精々のところ二つは上手いが一つ欠けているという人なら世の中には居るだろう。確かにキャスティングの達人や優秀なタイヤーや釣り名人かもしれないが、それではフライマンではないと池田さんは言う。
ボクが知る限りでは岡崎の平岩さんも池田さんと比肩する方である。
それを越えるフライマンは沢田賢一郎さんくらいではなかろうか。
池田さんは今でも沢田さんの釣りを尊敬し、目標としている。
信頼できる師匠であればこそ一生涯の目標とできるのだろう。
師匠のことを敬い続けることの出来る池田浩悦氏がボクの師匠で本当に良かったと思う。
師匠との出会い(弐)
現在ボクと同行する釣り人の中で、一緒に釣行する回数が一番多いのは秋田の池田浩悦氏である。
ボクのフライフィッシングはその池田流である。
池田さんがどんな人かはまた後で書くこととして、池田さんとの出会いを回想してみた。

ヤマメ35cm
ボクが池田さんを知ったきっかけは八戸市のプロショップ「イーストウッド」のおかげである。
誰しもそうであるだろうが、フライフィッシングに興味を持つとまず書籍を頼らざるを得ない。ボクが始めた頃は岩井さんが全盛期の頃で、どの本を見ても岩井さんが取り上げられていた。
そんな中で、イーストウッドに入り浸っていると「イケダサン」という名前が度々聞こえてくる。
キャスティングでも「イケダサンも・・・」、タイイングでも「イケダサンは・・・」、釣りの話でも「イケダサンが・・・」
一体誰なのか聞いてみると、お隣の秋田県のフライマンらしい。日本のフライフィッシングが普及し始めた1980年代~1990年代に多くの書物に登場していた方である。
イーストウッドには池田さんが載っている「アウトドアー」「ヘッドウォーター」「マインドアングラー」等があって、それを見せていただけたので大ベテランであることが判った。
本の記事を見るだけでもサクラマスや40cm前後のヤマメを何匹も釣っている。
イーストウッドの田名部さんから伺うには、尺以上のヤマメ・イワナを相当な数釣ってきているようだった。キャスティングやタイイングも凄いらしい。

ヤマメ39.5cm
毎年末に、イーストウッド主催で池田さんのキャスティングとタイイングのスクール兼忘年会が催される。
その頃のボクは渓流魚にしか興味がなかったが、キャスティングは一生懸命練習していた。
イーストウッドへ行くと毎度のように店の横でキャスティングを教えてもらえたので、ほとんど毎日のように顔を出していた。おかげですっかりと常連の仲間入りになっていたため、ボクも参加しないかと声を掛けていただいた。
八戸でたぶん一番キャスティングが上手いであろうK君に「池田さんのキャスティングは凄い」と言わしめる池田さんのキャスティング講習会である。行きたいのはやまやまだが自分にはまだ早いような気がした為講習会へは参加しなかった。
確か忘年会だけ参加したような記憶があるが、何分初心者なので池田さんと話はほとんど出来ずにみんなの会話に耳を傾けていた。池田さんに会いに鷹屋敷さん、玉川さんなども集まっての話なので、聞こえてくるのはサクラマスの話が中心になっていた。
忘年会の翌日にはキャスティング講習会の後にイーストウッド店内でタイイング講習会がある。
タイイング講習の頃を見計らってイーストウッドへ出向くと、アクアマリンのタイイング講習中だった。講習料を払っていないボクは遠目でちらりちらりと見ているだけだった。
初めての出会いはそんな感じであった。
冬の間にARマキシマでビッチリとキャスティング練習をしたおかげで、キャスティングも少しはましになってきた。
フライもスピナー等のスタンダードパターンやウエットフライも巻くようになり、すっかり沢田系のアングラーになってきた。
そんなこともあり鷹屋敷さんと渓流をご一緒させていただけたのだが、鷹屋敷さんからも池田さんの釣りの凄さを聞かされた。鷹屋敷さん程の人が凄いというのだからボクには想像が付かない。
その年の年末も恒例のスクール兼忘年会があり、その時には忘年会からキャスティング、タイイングスクールも参加した。
緊張しながら池田さんからキャスティングとタイイングを指導して頂いた。
キャスティングはその時の自分の欠点を直す練習方法を教わり、タイイングはドライフライの重ね巻きの技術などを教えていただいた。
おかげで3シーズン目は飛躍的に向上した。
3シーズン目も鷹屋敷さんと何度かご一緒できたこともあり、少しは鷹屋敷さんの足手まといにならないようになってきた。
これなら池田さんとご一緒できるかもしれないと思い始めた。
その年の7月に鷹屋敷さんからのお誘いがあった。岡崎の平岩豊嗣氏が池田さんを訪ねてくるらしく、自分も行くから一緒にどうかと。

高いバックキャストから目の前の木を跨いで、淵の流れ込みへプレゼンテーション
マインドアングラー誌に登場する達人が三人も揃うのだから是非とも行きたい。
でも大御所達と同行するには気が引けるのだが、カメラマンということで同行させてもらった。おかげで平岩さんともお会いすることが出来、平岩さんの釣りも拝見できた。
池田さんは平岩さんのガイド役に徹しているようで、ボクの前でロッドを振ることはなかった。
その晩の池田邸での宴会も参加させていただけたので、日頃から気になっていたドライフライフィッシングテクニックについて達人達からたくさん学ぶことができ本当にラッキーだった。
これがきっかけで池田さんにも顔を覚えていただけたので、「今度是非教えて欲しいのでご一緒願います」と池田さんに言うことが出来た。
9月に入り秋田の禁漁前日、念願叶って同行が実現した。
早朝に待ち合わせ場所で合流した。どんよりと曇って肌寒い日だった。
その流れは、川幅も10m程で一つの瀬やプールもスケールが大きい。
池田さんの一投目から度肝を抜かされた。
いきなり30mもある平瀬をロングキャストした。瀬の途中には低いけれども段差が幾つかあるので、普通の人ならその瀬を一つづつ切って釣りをするところだ。
それをいきなり一番上までプレゼンテーションするとは・・・
しかも4Xのティペットに結ばれた10番のスペックルドセッジは、流れの緩急のある段差を物の見事に交わしてナチュラルドリフトして自分の下まで流れてくるではないか。
この一投でこれからの一日、どんな事が起きるのかますます期待に膨らんだ。
瀬は小物しか着いていないようで、フライに時々小物がピシャリと反応する。
池田さんは全く合わせようとしない。大物一本に絞っているということが伺える。
池田さんに「こんなに長く流すんですか」と問いかけると、「瀬には小物しか付いていないから一度で長く流した方が時間が無駄にならないんです」との事だった。言われてみて納得がいった。一切の無駄を省いて大物の居そうなポイントをたくさん釣ることが大事なんだと。

ヤマメ37cm
ボクはPENTAXの一眼レフMEスーパーを抱えて、尺物を釣り上げる瞬間を捉えようと目を釘付けにして見ていた。
初物は大きな淵をダウンでドライフライを流し込んで釣った。
9寸に少し掛けるサイズのヤマメだった。色は既に錆び始めていた。
過去に実績のある大場所では、見ている自分までドキドキし期待に胸が逸る。
しかしこの日は残念ながら大物と出会えずに退渓点まで到着した。
池田さんも今期最後の渓流釣りということもあり、期待はずれの釣果に落胆している。
これ以上この渓にいても期待できそうにないので、「ボクの行っている渓流へ行ってみませんか」と提案してみた。
大移動になるが時間はまだたっぷりとあるので、今年最後の渓流ということもあり二台で移動した。
先程の渓よりも一回りスケールが小さい渓だが、淵と瀬が交互に続き飽きさせない渓相である。
こちらの渓では魚の活性が良く、すぐに色鮮やかな9寸ヤマメが釣れた。
その頃にはすっかりとうち解け、池田さんにいろいろと質問も出来るようになった。
池田さんは「カメラは良いからもっとそばで見たら」と言ってくれた。
池田さんに張り付いてその動作をしっかりと勉強する。
無駄のない、流れるような動作。時々見せるシュートの鋭さが印象的だ。

白泡の切れ目までは20yd
池田さんが何匹か釣った後にボクも竿を出すことになった。
たくさんのアドバイスを頂きながら、ボクもヤマメを釣ることが出来た。
夕方まで釣り、充実した渓流最終日が終わった。それが初めての同行であった。
その後は毎年のようにサクラマス釣りから渓流まであちらこちらの川を同行させて頂くことが出来た。
池田さんとの同行時に、サクラマスや尺オーバーのヤマメ、イワナを釣り上げるシーンを何度目撃したことか。ヤマメは40.5cmを頭に35cm以上だけでも数匹を写真に収めている。
昔から釣りの世界では魚篭持ちから入門することが習わしだが、池田さんと釣りをして魚篭持ちの大切さが判った。
おかげでボクも尺ヤマメとの出会いが増え、しかも一生に一度出会えるかどうかと言うサイズの大ヤマメ37cm、39cm、39.5cmを釣ることが出来た。
また、ライフレコードになるであろう68cmのコックチェリーサーモンも釣ることが出来た。
池田さんと交流するようになったおかげで、岡崎の平岩豊嗣氏とも交流が出来たのは嬉しいことだった。
ボクのフライフィッシングはその池田流である。
池田さんがどんな人かはまた後で書くこととして、池田さんとの出会いを回想してみた。

ヤマメ35cm
ボクが池田さんを知ったきっかけは八戸市のプロショップ「イーストウッド」のおかげである。
誰しもそうであるだろうが、フライフィッシングに興味を持つとまず書籍を頼らざるを得ない。ボクが始めた頃は岩井さんが全盛期の頃で、どの本を見ても岩井さんが取り上げられていた。
そんな中で、イーストウッドに入り浸っていると「イケダサン」という名前が度々聞こえてくる。
キャスティングでも「イケダサンも・・・」、タイイングでも「イケダサンは・・・」、釣りの話でも「イケダサンが・・・」
一体誰なのか聞いてみると、お隣の秋田県のフライマンらしい。日本のフライフィッシングが普及し始めた1980年代~1990年代に多くの書物に登場していた方である。
イーストウッドには池田さんが載っている「アウトドアー」「ヘッドウォーター」「マインドアングラー」等があって、それを見せていただけたので大ベテランであることが判った。
本の記事を見るだけでもサクラマスや40cm前後のヤマメを何匹も釣っている。
イーストウッドの田名部さんから伺うには、尺以上のヤマメ・イワナを相当な数釣ってきているようだった。キャスティングやタイイングも凄いらしい。

ヤマメ39.5cm
毎年末に、イーストウッド主催で池田さんのキャスティングとタイイングのスクール兼忘年会が催される。
その頃のボクは渓流魚にしか興味がなかったが、キャスティングは一生懸命練習していた。
イーストウッドへ行くと毎度のように店の横でキャスティングを教えてもらえたので、ほとんど毎日のように顔を出していた。おかげですっかりと常連の仲間入りになっていたため、ボクも参加しないかと声を掛けていただいた。
八戸でたぶん一番キャスティングが上手いであろうK君に「池田さんのキャスティングは凄い」と言わしめる池田さんのキャスティング講習会である。行きたいのはやまやまだが自分にはまだ早いような気がした為講習会へは参加しなかった。
確か忘年会だけ参加したような記憶があるが、何分初心者なので池田さんと話はほとんど出来ずにみんなの会話に耳を傾けていた。池田さんに会いに鷹屋敷さん、玉川さんなども集まっての話なので、聞こえてくるのはサクラマスの話が中心になっていた。
忘年会の翌日にはキャスティング講習会の後にイーストウッド店内でタイイング講習会がある。
タイイング講習の頃を見計らってイーストウッドへ出向くと、アクアマリンのタイイング講習中だった。講習料を払っていないボクは遠目でちらりちらりと見ているだけだった。
初めての出会いはそんな感じであった。
冬の間にARマキシマでビッチリとキャスティング練習をしたおかげで、キャスティングも少しはましになってきた。
フライもスピナー等のスタンダードパターンやウエットフライも巻くようになり、すっかり沢田系のアングラーになってきた。
そんなこともあり鷹屋敷さんと渓流をご一緒させていただけたのだが、鷹屋敷さんからも池田さんの釣りの凄さを聞かされた。鷹屋敷さん程の人が凄いというのだからボクには想像が付かない。
その年の年末も恒例のスクール兼忘年会があり、その時には忘年会からキャスティング、タイイングスクールも参加した。
緊張しながら池田さんからキャスティングとタイイングを指導して頂いた。
キャスティングはその時の自分の欠点を直す練習方法を教わり、タイイングはドライフライの重ね巻きの技術などを教えていただいた。
おかげで3シーズン目は飛躍的に向上した。
3シーズン目も鷹屋敷さんと何度かご一緒できたこともあり、少しは鷹屋敷さんの足手まといにならないようになってきた。
これなら池田さんとご一緒できるかもしれないと思い始めた。
その年の7月に鷹屋敷さんからのお誘いがあった。岡崎の平岩豊嗣氏が池田さんを訪ねてくるらしく、自分も行くから一緒にどうかと。

高いバックキャストから目の前の木を跨いで、淵の流れ込みへプレゼンテーション
マインドアングラー誌に登場する達人が三人も揃うのだから是非とも行きたい。
でも大御所達と同行するには気が引けるのだが、カメラマンということで同行させてもらった。おかげで平岩さんともお会いすることが出来、平岩さんの釣りも拝見できた。
池田さんは平岩さんのガイド役に徹しているようで、ボクの前でロッドを振ることはなかった。
その晩の池田邸での宴会も参加させていただけたので、日頃から気になっていたドライフライフィッシングテクニックについて達人達からたくさん学ぶことができ本当にラッキーだった。
これがきっかけで池田さんにも顔を覚えていただけたので、「今度是非教えて欲しいのでご一緒願います」と池田さんに言うことが出来た。
9月に入り秋田の禁漁前日、念願叶って同行が実現した。
早朝に待ち合わせ場所で合流した。どんよりと曇って肌寒い日だった。
その流れは、川幅も10m程で一つの瀬やプールもスケールが大きい。
池田さんの一投目から度肝を抜かされた。
いきなり30mもある平瀬をロングキャストした。瀬の途中には低いけれども段差が幾つかあるので、普通の人ならその瀬を一つづつ切って釣りをするところだ。
それをいきなり一番上までプレゼンテーションするとは・・・
しかも4Xのティペットに結ばれた10番のスペックルドセッジは、流れの緩急のある段差を物の見事に交わしてナチュラルドリフトして自分の下まで流れてくるではないか。
この一投でこれからの一日、どんな事が起きるのかますます期待に膨らんだ。
瀬は小物しか着いていないようで、フライに時々小物がピシャリと反応する。
池田さんは全く合わせようとしない。大物一本に絞っているということが伺える。
池田さんに「こんなに長く流すんですか」と問いかけると、「瀬には小物しか付いていないから一度で長く流した方が時間が無駄にならないんです」との事だった。言われてみて納得がいった。一切の無駄を省いて大物の居そうなポイントをたくさん釣ることが大事なんだと。

ヤマメ37cm
ボクはPENTAXの一眼レフMEスーパーを抱えて、尺物を釣り上げる瞬間を捉えようと目を釘付けにして見ていた。
初物は大きな淵をダウンでドライフライを流し込んで釣った。
9寸に少し掛けるサイズのヤマメだった。色は既に錆び始めていた。
過去に実績のある大場所では、見ている自分までドキドキし期待に胸が逸る。
しかしこの日は残念ながら大物と出会えずに退渓点まで到着した。
池田さんも今期最後の渓流釣りということもあり、期待はずれの釣果に落胆している。
これ以上この渓にいても期待できそうにないので、「ボクの行っている渓流へ行ってみませんか」と提案してみた。
大移動になるが時間はまだたっぷりとあるので、今年最後の渓流ということもあり二台で移動した。
先程の渓よりも一回りスケールが小さい渓だが、淵と瀬が交互に続き飽きさせない渓相である。
こちらの渓では魚の活性が良く、すぐに色鮮やかな9寸ヤマメが釣れた。
その頃にはすっかりとうち解け、池田さんにいろいろと質問も出来るようになった。
池田さんは「カメラは良いからもっとそばで見たら」と言ってくれた。
池田さんに張り付いてその動作をしっかりと勉強する。
無駄のない、流れるような動作。時々見せるシュートの鋭さが印象的だ。

白泡の切れ目までは20yd
池田さんが何匹か釣った後にボクも竿を出すことになった。
たくさんのアドバイスを頂きながら、ボクもヤマメを釣ることが出来た。
夕方まで釣り、充実した渓流最終日が終わった。それが初めての同行であった。
その後は毎年のようにサクラマス釣りから渓流まであちらこちらの川を同行させて頂くことが出来た。
池田さんとの同行時に、サクラマスや尺オーバーのヤマメ、イワナを釣り上げるシーンを何度目撃したことか。ヤマメは40.5cmを頭に35cm以上だけでも数匹を写真に収めている。
昔から釣りの世界では魚篭持ちから入門することが習わしだが、池田さんと釣りをして魚篭持ちの大切さが判った。
おかげでボクも尺ヤマメとの出会いが増え、しかも一生に一度出会えるかどうかと言うサイズの大ヤマメ37cm、39cm、39.5cmを釣ることが出来た。
また、ライフレコードになるであろう68cmのコックチェリーサーモンも釣ることが出来た。
池田さんと交流するようになったおかげで、岡崎の平岩豊嗣氏とも交流が出来たのは嬉しいことだった。
師匠との出会い(壱)
ボクにフライを教えてくれた方はたくさん居る。皆それぞれに上手なのだが、ボクの現在の釣りスタイルを手ほどきしてくれた方こそ師匠と呼ぶに相応しいであろう。
実は師匠と仰いでいる方は二人いる。
最初の師匠は鷹屋敷富士夫氏である。

鷹屋敷氏の37cmヤマメ
行きつけのイーストウッドはプロショップSAWADAのリーディングショップなので、サワダの商品が豊富で、お客さんもサワダの商品を使う方が多かった。
当時マインドアングラーという、サワダで出版している本が発売されていた。各地のベテランアングラーの釣った大物の写真がたくさん載っており、また、どうやって釣るか語られていたりと興味ある内容であった。
その中には地元八戸のフライマン2名も紙面に登場していた。鷹屋敷富士夫氏と玉川修一氏である。
イーストウッドに入り浸っていると、玉川氏に度々お目に掛かることがあった。
親切な方で、ボクの質問にも親切にアドバイスいただくことが出来た。
しかし鷹屋敷氏にはなかなかお会いする機会はなかった。
マインドアングラー誌のおかげですっかりとサワダ系の釣りに洗脳されてしまったボクは、ウエットフライはもちろんだが、ドライフライも10番や12番と言ったスピナーなどのスタンダードパターンを巻き始めた。
ARマキシマでキャスティング練習も毎日のようにしたおかげもあり、なんとかダブルホールも形になってきた。
フライを始めた翌年の夏に、イーストウッドで鷹屋敷氏と出会うことが出来た。
図々しいボクは、自分も同じような釣り方を目指しているので、是非一度釣りをご一緒させて欲しいとお願いした。
その年のお盆明けにその願いが実現した。
出発前の早朝に我が家に寄っていただいたのだが、その時にフライタイイングも指導していただくことになった。
スピナーパターンとセッジパターンを、共に10番のフックにタイイングしてくれた。
小1時間ほどの短い時間ではあったが、マテリアルの選び方からタイイング時のコツなどを教えていただけた。
この時のフライは今も大事に取ってある。
訪れた渓は初めての渓流であった。初めての渓はドキドキするが、それにもまして本に載っているベテランフライマンの釣りを見られる期待感に胸が一杯だった。
ボクは自分が竿を出さずとも良いことを告げたが、一緒に釣りをしましょうと言うことで、ボクもとりあえず竿を携えた。
鷹屋敷氏に先に釣ってもらうことにした。
竿を一振りしたときに全てが違うことが判った。

沢田さんの著書「達人の世界」の序文に詩が書かれているが、まさにその詩を彷彿とさせる光景が広がった。これが達人というものなのだろう。大袈裟ではなく、鳥肌が立つほど衝撃的だった。
サイドキャストやバックハンドキャストで木々をかわし、軽々と離れた場所へフライを投じる。
見とれていると、ポイント毎に交代しましょうと言う事で「次は鳴海さんどうぞと」勧められる。
緊張感もあるのだろうが、鷹屋敷氏のように離れた場所から狙おうとするとまったく投げられないのだ。
近づこうとすると魚に気づかれるのでダメだしされてしまう。しかもポイントを狙っても思った通りの場所へフライを落とせないので何度も何度も投げなおしてしまう。
出来ないので「どうぞやってみてください」と言うと、一投で一番良いポイントへプレゼンテーションを決めてしまう。ナチュラルドリフトしてくるフライに反応がなければ「はい次」と言うことで、移動し始める。
なんと見極めが早いのだろう。
しかも良いポイントを重点的に狙っているようで、浅い瀬などでもボクならフライを流すポイントは省いている。何故狙わないのかとお話を伺うと、このポイントには「小さいのしか入っていないでしょ」という。
狙うポイントを的確に判断し、大物を狙うために無駄のない釣りをしているようだった。
見ているだけで充実した時間が流れていく。ボクは後ろから攻め方を見て、彼が移動した後に同じ場所に立って同じように狙ってみるのだが、まったくフライを届けることができないのであった。
先程とは違い、見られているわけではないので緊張もしていないはずだ。広場での練習では普通に投げられる距離であるにもかかわらず、何故かプレゼンテーションが出来ないのだ。
縦に振れば投げられるであろう距離だが、ナチュラルドリフトさせるための立ち位置からだと縦に振ることは困難なのだ。必然的にサイドキャストやバックハンドキャストとを迫られるのだが、まったくもって投げられない。
ひとしきり納得行くまで練習してから鷹屋敷氏を追いかける。
行けども行けども追いつかない。心配になる頃ようやく追いつくのだが、そこでポイントを交代する。待たせるのは悪いのでお先に行ってもらい、ボクが一つのポイントを攻めきる間に彼は幾つものポイントを釣ってしまう。だから追いつくのにやっとなのだ。
この日は3km程を6時間程掛けて釣ったのだが、いつもなら3時間で釣り上がるという。
ボク一人なら丸一日コースだ。とにかく釣りのスピードが速い。
あっという間の一日だった。
見るもの聞くこと全てにおいて、想像を絶する釣りであった。
フライを置く場所はもちろん、ナチュラルドリフトさせるための立ち位置、ラインの置き場所などがとても重要なことが理解できた。
自分がこれから何を目指すべきかがハッキリとした事はとても大きな収穫であった。
この出会いがきっかけで、ますますドライフライの釣りにはまることとなった。
おかげでこの年の9月、鷹屋敷氏との釣行時にフライで初めての尺ヤマメを釣ることが出来た。
鷹屋敷氏と釣行を重ねることが出来たおかげもあり、自分の釣りスタイルは明らかに変わり、釣るスピードも以前より速くなった。
淵は魚が居ることは確実だが魚に釣り人の気配を感じ取られやすく、易々とは釣れないポイントであったため、どちらかというと敬遠していたポイントであった。
しかしキャスティングが出来るようになってくると、離れた場所から流れ込みの一等地に居る魚を狙うことがとても楽しくなってくる。
師匠とは比べものにならないけれど、似たような感じで釣りをするようになっていた。
だが実釣の技術はちょっとやそっとでは身に付くものではない。
数多く釣りに行き、たくさんのポイントを釣ることによって上達するのである。
ボクの場合はほぼ毎週土日は川に立っていた。それだけでなく、平日も時間があれば常に頭の中でポイント攻略法をイメージし続けていた。まさにマインドアングラーである。心の中で釣りをしているのであった。
一投目に一番良いコースをナチュラルドリフトさせられるかどうかが勝負の分かれ目である。
成功か失敗かドライフライの流れ方を見ていると自分で判るのだから、満足行くプレゼンテーションが出来たときなどは嬉しかった。
鷹屋敷氏はとにかく釣りが好きな人である。釣りに取り組む姿勢も学ぶべき事が多かった。
彼の話は妙に説得力があるのだが、いろんな経験をしてきているのであろう。
彼のおかげで竿の本数も増えたし、いろいろなマテリアルを買ってフライを巻くようになった。
本流のダブルハンドの釣りも屋敷氏の強い勧めもあり手を染めることとなった。
サクラマス釣りに関してもタイイングから釣り方、ポイントの読み方や流し方などとても多くのことを学ばせていただいた。
他にも魚の写真の撮り方なども影響を受けたおかげで、一眼レフを持ち歩いて釣りをするようになった。
鷹屋敷氏と出会って最初のうちは、渓流を一緒に歩いてもどうしても置いて行かれる状態であったが、数年経った頃にはなんとか足手まといにならない程度に釣りができるようになっていた。
その頃から、鷹屋敷氏の師匠格である池田浩悦氏の釣りも一度拝見してみたいと思うようになった。
続く
実は師匠と仰いでいる方は二人いる。
最初の師匠は鷹屋敷富士夫氏である。

鷹屋敷氏の37cmヤマメ
行きつけのイーストウッドはプロショップSAWADAのリーディングショップなので、サワダの商品が豊富で、お客さんもサワダの商品を使う方が多かった。
当時マインドアングラーという、サワダで出版している本が発売されていた。各地のベテランアングラーの釣った大物の写真がたくさん載っており、また、どうやって釣るか語られていたりと興味ある内容であった。
その中には地元八戸のフライマン2名も紙面に登場していた。鷹屋敷富士夫氏と玉川修一氏である。
イーストウッドに入り浸っていると、玉川氏に度々お目に掛かることがあった。
親切な方で、ボクの質問にも親切にアドバイスいただくことが出来た。
しかし鷹屋敷氏にはなかなかお会いする機会はなかった。
マインドアングラー誌のおかげですっかりとサワダ系の釣りに洗脳されてしまったボクは、ウエットフライはもちろんだが、ドライフライも10番や12番と言ったスピナーなどのスタンダードパターンを巻き始めた。
ARマキシマでキャスティング練習も毎日のようにしたおかげもあり、なんとかダブルホールも形になってきた。
フライを始めた翌年の夏に、イーストウッドで鷹屋敷氏と出会うことが出来た。
図々しいボクは、自分も同じような釣り方を目指しているので、是非一度釣りをご一緒させて欲しいとお願いした。
その年のお盆明けにその願いが実現した。
出発前の早朝に我が家に寄っていただいたのだが、その時にフライタイイングも指導していただくことになった。
スピナーパターンとセッジパターンを、共に10番のフックにタイイングしてくれた。
小1時間ほどの短い時間ではあったが、マテリアルの選び方からタイイング時のコツなどを教えていただけた。
この時のフライは今も大事に取ってある。
訪れた渓は初めての渓流であった。初めての渓はドキドキするが、それにもまして本に載っているベテランフライマンの釣りを見られる期待感に胸が一杯だった。
ボクは自分が竿を出さずとも良いことを告げたが、一緒に釣りをしましょうと言うことで、ボクもとりあえず竿を携えた。
鷹屋敷氏に先に釣ってもらうことにした。
竿を一振りしたときに全てが違うことが判った。

沢田さんの著書「達人の世界」の序文に詩が書かれているが、まさにその詩を彷彿とさせる光景が広がった。これが達人というものなのだろう。大袈裟ではなく、鳥肌が立つほど衝撃的だった。
サイドキャストやバックハンドキャストで木々をかわし、軽々と離れた場所へフライを投じる。
見とれていると、ポイント毎に交代しましょうと言う事で「次は鳴海さんどうぞと」勧められる。
緊張感もあるのだろうが、鷹屋敷氏のように離れた場所から狙おうとするとまったく投げられないのだ。
近づこうとすると魚に気づかれるのでダメだしされてしまう。しかもポイントを狙っても思った通りの場所へフライを落とせないので何度も何度も投げなおしてしまう。
出来ないので「どうぞやってみてください」と言うと、一投で一番良いポイントへプレゼンテーションを決めてしまう。ナチュラルドリフトしてくるフライに反応がなければ「はい次」と言うことで、移動し始める。
なんと見極めが早いのだろう。
しかも良いポイントを重点的に狙っているようで、浅い瀬などでもボクならフライを流すポイントは省いている。何故狙わないのかとお話を伺うと、このポイントには「小さいのしか入っていないでしょ」という。
狙うポイントを的確に判断し、大物を狙うために無駄のない釣りをしているようだった。
見ているだけで充実した時間が流れていく。ボクは後ろから攻め方を見て、彼が移動した後に同じ場所に立って同じように狙ってみるのだが、まったくフライを届けることができないのであった。
先程とは違い、見られているわけではないので緊張もしていないはずだ。広場での練習では普通に投げられる距離であるにもかかわらず、何故かプレゼンテーションが出来ないのだ。
縦に振れば投げられるであろう距離だが、ナチュラルドリフトさせるための立ち位置からだと縦に振ることは困難なのだ。必然的にサイドキャストやバックハンドキャストとを迫られるのだが、まったくもって投げられない。
ひとしきり納得行くまで練習してから鷹屋敷氏を追いかける。
行けども行けども追いつかない。心配になる頃ようやく追いつくのだが、そこでポイントを交代する。待たせるのは悪いのでお先に行ってもらい、ボクが一つのポイントを攻めきる間に彼は幾つものポイントを釣ってしまう。だから追いつくのにやっとなのだ。
この日は3km程を6時間程掛けて釣ったのだが、いつもなら3時間で釣り上がるという。
ボク一人なら丸一日コースだ。とにかく釣りのスピードが速い。
あっという間の一日だった。
見るもの聞くこと全てにおいて、想像を絶する釣りであった。
フライを置く場所はもちろん、ナチュラルドリフトさせるための立ち位置、ラインの置き場所などがとても重要なことが理解できた。
自分がこれから何を目指すべきかがハッキリとした事はとても大きな収穫であった。
この出会いがきっかけで、ますますドライフライの釣りにはまることとなった。
おかげでこの年の9月、鷹屋敷氏との釣行時にフライで初めての尺ヤマメを釣ることが出来た。
鷹屋敷氏と釣行を重ねることが出来たおかげもあり、自分の釣りスタイルは明らかに変わり、釣るスピードも以前より速くなった。
淵は魚が居ることは確実だが魚に釣り人の気配を感じ取られやすく、易々とは釣れないポイントであったため、どちらかというと敬遠していたポイントであった。
しかしキャスティングが出来るようになってくると、離れた場所から流れ込みの一等地に居る魚を狙うことがとても楽しくなってくる。
師匠とは比べものにならないけれど、似たような感じで釣りをするようになっていた。
だが実釣の技術はちょっとやそっとでは身に付くものではない。
数多く釣りに行き、たくさんのポイントを釣ることによって上達するのである。
ボクの場合はほぼ毎週土日は川に立っていた。それだけでなく、平日も時間があれば常に頭の中でポイント攻略法をイメージし続けていた。まさにマインドアングラーである。心の中で釣りをしているのであった。
一投目に一番良いコースをナチュラルドリフトさせられるかどうかが勝負の分かれ目である。
成功か失敗かドライフライの流れ方を見ていると自分で判るのだから、満足行くプレゼンテーションが出来たときなどは嬉しかった。
鷹屋敷氏はとにかく釣りが好きな人である。釣りに取り組む姿勢も学ぶべき事が多かった。
彼の話は妙に説得力があるのだが、いろんな経験をしてきているのであろう。
彼のおかげで竿の本数も増えたし、いろいろなマテリアルを買ってフライを巻くようになった。
本流のダブルハンドの釣りも屋敷氏の強い勧めもあり手を染めることとなった。
サクラマス釣りに関してもタイイングから釣り方、ポイントの読み方や流し方などとても多くのことを学ばせていただいた。
他にも魚の写真の撮り方なども影響を受けたおかげで、一眼レフを持ち歩いて釣りをするようになった。
鷹屋敷氏と出会って最初のうちは、渓流を一緒に歩いてもどうしても置いて行かれる状態であったが、数年経った頃にはなんとか足手まといにならない程度に釣りができるようになっていた。
その頃から、鷹屋敷氏の師匠格である池田浩悦氏の釣りも一度拝見してみたいと思うようになった。
続く
イブニングのビギナーズラック
フライフィッシングをやるようになってからイブニングライズの釣りをするようになった。
近所の川にヤマメが居たこともあり、フライをはじめた当初は、早朝仕事前に3時間位釣りしたり、仕事帰りにイブニング狙いに出かけたりした。
両岸が護岸されて葦に覆われた小川なのだが、竿が入れられないポイントも多いため良いサイズの魚も釣れる。
流れの両側に生い茂る葦が格好の住処になっている。こういったポイントには必ず良型のヤマメが潜んでいるため、下手なキャスティングながらフライを入れることがとても楽しかった
その川にある日、一人でイブニング狙いに出かけた。真っ暗になってから長いプールのポイントにクリーム色の大きめのパラシュートフライを投じた。流れ込みの流れは左岸側の護岸沿いに流芯が通っているが、右岸側の葦際にゆったりと反転流が巻いている。
右岸の流れに立ち込み、流れ込みの流芯脇にフライをプレゼンテーションしたはずだが、フライは右岸へと流されてくる。
真っ暗でフライがほとんど見えなくなり、ラインのある方向から右岸の葦際にフライが行っているようだ。
引っかかってはまずいと思い、ラインをたぐると強烈に引き込まれた。
何が何だか判らないがとにかく魚が掛かったのは確かだ。
暗がりの中ようやくランディングネットに入れた魚は、泣き尺だったが幅広で立派なヤマメだった。
向こう合わせで釣れたヤマメだったが、初めての大物だったので嬉しかった。
。
フライで初めて釣った尺近いこのグラマラスなボディーのヤマメに興奮した。初めて買ったフライロッドは7’9”#3のグラスロッド。ランディングネットはイチイの木で手作りした。このランディングネットは紛失してしまって今は無い。
その後も別な川でイブニングをやったときに、帰りがけに淵の流れ込みをダウンでパラシュートフライを流した。
その頃はドラッグ回避する技術なんて知り得ないので、ダウンで流してもリーダーが伸びきったところでドラッグが掛かってしまいスイングしてしまう。
そんなことも気にせずに数投したところ、向こう合わせでヤマメが釣れた。
今にして思えばウエットフライの釣りと同じ事をしていたことになる。
イブニングの釣りに興味が湧き、EASTWOODの常連さんにイブニングの事をいろいろと訪ねると、今度一緒に案内してくれるということになった。
ウエットの達人Hさんとその仲間のIさんだ。
二人はいつもその場所のイブニングで尺イワナを相当数釣り上げているという。
その日にあわせて、ボクもカプラスのACハイランダーを購入した。
当日は海よりの風が吹き、ひんやりとした夕暮れだった。
Iさんがボクと一緒に真っ暗になる寸前の川を歩いてくれた。
ポイントに着いても流れは静まりかえっている。はたしてイブニングライズが起きるのか心配になるが、Iさんがこのポイントのイブニングライズの釣り方をアドバイスしてくれた。
ライズはないが、Iさんに言われたとおりの場所へ#10の白いパラシュートフライを投じた。フライが消えたら合わせればいいからと言われたのだが、真っ暗な流れではフライがかろうじて見える程度だ。
見ていたフライが見えなくなったので、魚が食ったのかどうか判らないままおもむろにロッドを立てた。そうしたら竿先がグイグイと引っ張られるではないか。
やはり魚が食っていたのだ。
真っ暗なので何が何だか判らないままラインを闇雲にたぐり寄せ、魚をネットに入れた。
ACハイランダーで初めて釣った魚は37cmのイワナだった。
この日ボクはこの1匹だけだったが充分満足だった。

同行のIさんに写真を撮ってもらったのだが、真っ暗な中ではカメラを撮るにも狙いが定まらなかったのだろう。首から上が切れている。それにしてもたくさんのラインが足許に漂っている。リールに巻き取る余裕など無く、取り込みに夢中だったのだろう。
これが縁で、HさんとIさんにはこの後もフライフィッシングについていろいろと教えてもらうことになった。

2001年5月の渓。Iさんと釣りに出かけた。

2005年7月のイブニングタイム。残念ながら大物には出会えなかった。最近はイブニングの釣りは滅多にやらなくなってしまったが、イブニングの釣りは大物への期待感が高まる。
続く・・
近所の川にヤマメが居たこともあり、フライをはじめた当初は、早朝仕事前に3時間位釣りしたり、仕事帰りにイブニング狙いに出かけたりした。
両岸が護岸されて葦に覆われた小川なのだが、竿が入れられないポイントも多いため良いサイズの魚も釣れる。
流れの両側に生い茂る葦が格好の住処になっている。こういったポイントには必ず良型のヤマメが潜んでいるため、下手なキャスティングながらフライを入れることがとても楽しかった
その川にある日、一人でイブニング狙いに出かけた。真っ暗になってから長いプールのポイントにクリーム色の大きめのパラシュートフライを投じた。流れ込みの流れは左岸側の護岸沿いに流芯が通っているが、右岸側の葦際にゆったりと反転流が巻いている。
右岸の流れに立ち込み、流れ込みの流芯脇にフライをプレゼンテーションしたはずだが、フライは右岸へと流されてくる。
真っ暗でフライがほとんど見えなくなり、ラインのある方向から右岸の葦際にフライが行っているようだ。
引っかかってはまずいと思い、ラインをたぐると強烈に引き込まれた。
何が何だか判らないがとにかく魚が掛かったのは確かだ。
暗がりの中ようやくランディングネットに入れた魚は、泣き尺だったが幅広で立派なヤマメだった。
向こう合わせで釣れたヤマメだったが、初めての大物だったので嬉しかった。
。

フライで初めて釣った尺近いこのグラマラスなボディーのヤマメに興奮した。初めて買ったフライロッドは7’9”#3のグラスロッド。ランディングネットはイチイの木で手作りした。このランディングネットは紛失してしまって今は無い。
その後も別な川でイブニングをやったときに、帰りがけに淵の流れ込みをダウンでパラシュートフライを流した。
その頃はドラッグ回避する技術なんて知り得ないので、ダウンで流してもリーダーが伸びきったところでドラッグが掛かってしまいスイングしてしまう。
そんなことも気にせずに数投したところ、向こう合わせでヤマメが釣れた。
今にして思えばウエットフライの釣りと同じ事をしていたことになる。
イブニングの釣りに興味が湧き、EASTWOODの常連さんにイブニングの事をいろいろと訪ねると、今度一緒に案内してくれるということになった。
ウエットの達人Hさんとその仲間のIさんだ。
二人はいつもその場所のイブニングで尺イワナを相当数釣り上げているという。
その日にあわせて、ボクもカプラスのACハイランダーを購入した。
当日は海よりの風が吹き、ひんやりとした夕暮れだった。
Iさんがボクと一緒に真っ暗になる寸前の川を歩いてくれた。
ポイントに着いても流れは静まりかえっている。はたしてイブニングライズが起きるのか心配になるが、Iさんがこのポイントのイブニングライズの釣り方をアドバイスしてくれた。
ライズはないが、Iさんに言われたとおりの場所へ#10の白いパラシュートフライを投じた。フライが消えたら合わせればいいからと言われたのだが、真っ暗な流れではフライがかろうじて見える程度だ。
見ていたフライが見えなくなったので、魚が食ったのかどうか判らないままおもむろにロッドを立てた。そうしたら竿先がグイグイと引っ張られるではないか。
やはり魚が食っていたのだ。
真っ暗なので何が何だか判らないままラインを闇雲にたぐり寄せ、魚をネットに入れた。
ACハイランダーで初めて釣った魚は37cmのイワナだった。
この日ボクはこの1匹だけだったが充分満足だった。

同行のIさんに写真を撮ってもらったのだが、真っ暗な中ではカメラを撮るにも狙いが定まらなかったのだろう。首から上が切れている。それにしてもたくさんのラインが足許に漂っている。リールに巻き取る余裕など無く、取り込みに夢中だったのだろう。
これが縁で、HさんとIさんにはこの後もフライフィッシングについていろいろと教えてもらうことになった。

2001年5月の渓。Iさんと釣りに出かけた。

2005年7月のイブニングタイム。残念ながら大物には出会えなかった。最近はイブニングの釣りは滅多にやらなくなってしまったが、イブニングの釣りは大物への期待感が高まる。
続く・・
カプラスとの出会い
最近はたくさんの出版物が出ているし、ビデオやDVDでも有名人の釣りを見ることができるありがたい時代になった。
ボクもそういったものを見るのが好きなのだが、やはり同じ現場でどのような釣りをするか生で見ないことには伝わらないことが多々ある。
ずうずうしいボクは、上手な人たちにお願いして釣りに同行させてもらうことが出来た。

2005年7月。初めて同行させてもらった渓へ六年ぶりに行ってみた。流れは清らかで、イワナも元気だった。
そもそも昔の日本では、釣りをはじめようと思えば先輩の魚篭持ちから始めるのが習わしだったようだ。
そうすることで、釣りの技術だけではなく、釣り場でのマナーや釣りの楽しみなども教えられるのでルールがきっちりと守られた釣りが師資相承されてきた。
それに比べれば、最近はなんとも味気ない様な気がする。
EASTWOODの常連さんで、バスケットボール仲間のK君がフライをやっていた。ボクがフライフィッシングに興味を覚える前、一緒に渓流釣りに行ったことがあった。
ボクは餌釣りでK君はドライフライだった。
木々が生い茂った中を、自由自在にフライラインを操って、遠くのポイントにフライを投げ入れることができるので驚いた記憶がある。
あまりにも遠くにフライがあるので、ボクは何処にフライがあるのかさえ判らなかったが、彼には見えるらしく次々とヤマメを引っ張り出した。
そんな彼が、ボクがフライを初めてからの最初の同行者だった。
彼はキャスティング技術が非常に卓越しており、地元八戸では5本の指に入る程の腕前だ。
もちろん彼も沢田賢一郎に傾倒しており、タックルは全てカプラス(現KenSawada)である。
6月初旬、彼と一緒にイワナの渓へ釣りに行くことになった。フライを初めてまだ2ヶ月くらいの頃だからキャスティングも全く下手な頃だ。
ある絶好のポイントを釣らせてもらったときに、フライを木の枝に引っかけてしまった。
良いポイントなので荒らしてしまうのは勿体ないので、K君に代わってもらおうとしたら、自分の竿を貸すからボクにもう一度やれと言う。
その竿がACハイランダーだった。
フォルスキャストはしなくていいから、一度バックキャストしてフォワードキャストで前にロッドを倒せばいいからと言われ、その通りにした。バックキャストでは竿は振ると言うより、真上に立てただけ。
フォワードキャストもそっと前に倒しただけだったが、勝手にラインが伸びていった。
この事は以前のBlog記事「ボクのドライフライロッド」の所でも書いたが、まさに目から鱗のようなキャスティング性能を感じた。
キャスティングも素人同然のボクが投げても、ハッキリと違いが判るほど飛ぶ竿であった。
その後は交互にポイントを代わりながら、立つ場所からフライを落とす場所まで付きっきりで教えてもらった。
言われたとおりにフライを落とすと、流れていたフライが音もなく消える。すかさずアワセるが何度も何度もすっぽ抜けてしまう。
それでもようやく9寸程の2匹のイワナを釣ることが出来た。
この時からカプラーへの道が始まった
続く

この時行った渓流に2005年に再び訪れた。その頃よりも腕前が上がっていたため、イワナを何匹も釣ることが出来るようになっていた。
ボクもそういったものを見るのが好きなのだが、やはり同じ現場でどのような釣りをするか生で見ないことには伝わらないことが多々ある。
ずうずうしいボクは、上手な人たちにお願いして釣りに同行させてもらうことが出来た。

2005年7月。初めて同行させてもらった渓へ六年ぶりに行ってみた。流れは清らかで、イワナも元気だった。
そもそも昔の日本では、釣りをはじめようと思えば先輩の魚篭持ちから始めるのが習わしだったようだ。
そうすることで、釣りの技術だけではなく、釣り場でのマナーや釣りの楽しみなども教えられるのでルールがきっちりと守られた釣りが師資相承されてきた。
それに比べれば、最近はなんとも味気ない様な気がする。
EASTWOODの常連さんで、バスケットボール仲間のK君がフライをやっていた。ボクがフライフィッシングに興味を覚える前、一緒に渓流釣りに行ったことがあった。
ボクは餌釣りでK君はドライフライだった。
木々が生い茂った中を、自由自在にフライラインを操って、遠くのポイントにフライを投げ入れることができるので驚いた記憶がある。
あまりにも遠くにフライがあるので、ボクは何処にフライがあるのかさえ判らなかったが、彼には見えるらしく次々とヤマメを引っ張り出した。
そんな彼が、ボクがフライを初めてからの最初の同行者だった。
彼はキャスティング技術が非常に卓越しており、地元八戸では5本の指に入る程の腕前だ。
もちろん彼も沢田賢一郎に傾倒しており、タックルは全てカプラス(現KenSawada)である。
6月初旬、彼と一緒にイワナの渓へ釣りに行くことになった。フライを初めてまだ2ヶ月くらいの頃だからキャスティングも全く下手な頃だ。
ある絶好のポイントを釣らせてもらったときに、フライを木の枝に引っかけてしまった。
良いポイントなので荒らしてしまうのは勿体ないので、K君に代わってもらおうとしたら、自分の竿を貸すからボクにもう一度やれと言う。
その竿がACハイランダーだった。
フォルスキャストはしなくていいから、一度バックキャストしてフォワードキャストで前にロッドを倒せばいいからと言われ、その通りにした。バックキャストでは竿は振ると言うより、真上に立てただけ。
フォワードキャストもそっと前に倒しただけだったが、勝手にラインが伸びていった。
この事は以前のBlog記事「ボクのドライフライロッド」の所でも書いたが、まさに目から鱗のようなキャスティング性能を感じた。
キャスティングも素人同然のボクが投げても、ハッキリと違いが判るほど飛ぶ竿であった。
その後は交互にポイントを代わりながら、立つ場所からフライを落とす場所まで付きっきりで教えてもらった。
言われたとおりにフライを落とすと、流れていたフライが音もなく消える。すかさずアワセるが何度も何度もすっぽ抜けてしまう。
それでもようやく9寸程の2匹のイワナを釣ることが出来た。
この時からカプラーへの道が始まった
続く

この時行った渓流に2005年に再び訪れた。その頃よりも腕前が上がっていたため、イワナを何匹も釣ることが出来るようになっていた。
EASTWOODの常連達1
地元のプロショップ「イーストウッド」があったおかげで、フライをはじめたときに手取り足取りキャスティングや実戦の釣りを教えてもらうことができ、ありがたかった。
お店には常にお客さんが集っており、高度な話題を話し合っていた。
キャスティングの話あり、ウエットフライタイイングの話あり、サクラマスの釣り方の話あり・・・

2005年12月。試験的に解禁された奥入瀬川の鮭釣り風景。EASTWOODの常連さん達がサーモンを次々Hit
このお店の常連さん達は凄い人たちが大勢居て、それこそサワダで発行していたマインドアングラーに登場するF.T氏、S.T氏、Y.K氏などがいる。
表には出てこないが、他にもウエットの達人Hさんやキャスティングの達人K氏、漁師のごとくサクラマスから渓流魚までたくさん釣るS氏など他にもまだまだたくさんいる。
皆に共通していえるのは、釣りがもの凄く好きだと言うことだ。
互いに情報を交換しあうことにより、切磋琢磨しているのだろう。
釣りに対する考え方は沢田賢一郎氏の考え方に共感されている人たちが多い。みなキャスティングからタイイング、釣りの技術まで、そういった考えが根底にあるようだ。
そういったこともあり、八戸のフライマンは沢田賢一郎氏の流れを汲んだ人たちが多いのだが、その人達に多大な影響を与えているのが秋田の池田浩悦氏の存在である。
八戸のキャスティング講習は、当初は小野訓氏が講師だったそうだが、途中池田氏に代わり最近まで池田氏がずっと講師を務めていた。
当然イーストウッドオーナーの田名部さんもその人達からキャスティングを習っているのでキャスティングレベルは高い。
幸いにして、ボクはそのような人たちと交流を持つことが出来た。
キャスティングだけではなく釣りやタイイングにおいても、ハイレベルな事を学ぶことが出来た。
釣りたいと思えばこそ、そういった人たちから様々なことを教えてもらおうと真剣に質問する。話を聞けるだけでもとても参考になるのだから聞かない手はない。
類は友を呼ぶというが、本当に釣りたいと思えば、自然とそういう繋がりが出来てくる。
お店には常にお客さんが集っており、高度な話題を話し合っていた。
キャスティングの話あり、ウエットフライタイイングの話あり、サクラマスの釣り方の話あり・・・

2005年12月。試験的に解禁された奥入瀬川の鮭釣り風景。EASTWOODの常連さん達がサーモンを次々Hit
このお店の常連さん達は凄い人たちが大勢居て、それこそサワダで発行していたマインドアングラーに登場するF.T氏、S.T氏、Y.K氏などがいる。
表には出てこないが、他にもウエットの達人Hさんやキャスティングの達人K氏、漁師のごとくサクラマスから渓流魚までたくさん釣るS氏など他にもまだまだたくさんいる。
皆に共通していえるのは、釣りがもの凄く好きだと言うことだ。
互いに情報を交換しあうことにより、切磋琢磨しているのだろう。
釣りに対する考え方は沢田賢一郎氏の考え方に共感されている人たちが多い。みなキャスティングからタイイング、釣りの技術まで、そういった考えが根底にあるようだ。
そういったこともあり、八戸のフライマンは沢田賢一郎氏の流れを汲んだ人たちが多いのだが、その人達に多大な影響を与えているのが秋田の池田浩悦氏の存在である。
八戸のキャスティング講習は、当初は小野訓氏が講師だったそうだが、途中池田氏に代わり最近まで池田氏がずっと講師を務めていた。
当然イーストウッドオーナーの田名部さんもその人達からキャスティングを習っているのでキャスティングレベルは高い。
幸いにして、ボクはそのような人たちと交流を持つことが出来た。
キャスティングだけではなく釣りやタイイングにおいても、ハイレベルな事を学ぶことが出来た。
釣りたいと思えばこそ、そういった人たちから様々なことを教えてもらおうと真剣に質問する。話を聞けるだけでもとても参考になるのだから聞かない手はない。
類は友を呼ぶというが、本当に釣りたいと思えば、自然とそういう繋がりが出来てくる。
ボクの行きつけのフライショップ
地元のフライショップ「EASTWOOD」は25年の歴史があり、プロショップサワダのリーディングショップとして東北のフライショップの中でも名前を馳せている。
ボクが東京から八戸に戻ってきたときには既に開業しており、フライ用品だけではなくアウトドアウェアなどの品揃えも豊富だった。
当時のボクは餌釣師だった為、フライ用品ではなくウェアを見に行ったりする程度のお付き合いだった。
保険の仕事を専門でするようになった時に、つり保険の事でオーナーの田名部さんから連絡があった。
二人ほどご紹介いただき、お店にも顔を出すことが増えた。
お付き合いの意味もあり、フライ用品の購入について話を持ちかけた。
今にして思えばそれが運の尽きだった。

EASWOODオーナーの釣り姿。
在庫品のアイザックグラス7‘9“#3ロッドを格安で売ってくれるという。思わずグラッときた。
他にもリールやらラインも必要になるので、全部でどれくらいになるか見積もってもらうことにした。こうなってしまってはもう止まりようがない。
アキスコのリールとラインのセット品に、フロータントやリーダー、ティペットの小物類を見繕ってもらう。
さて、フライはどうしよう。テンカラをやっていたのでそれなりには巻けると思うのだが、バイスやハックルなどは持っていなかったため、これも手頃な物で必要最小限揃えた。
それでも一流メーカーのロッド1本ぶんにも満たない金額で全て揃える事ができた。
早速翌日、その道具と自分で巻いたエルクヘアカディスとパラシュートフライを持って近所の川へ出かけた。
5m位の距離ならテンカラと同じで簡単にキャスティングできたので、あっさりと初ヤマメを釣ることが出来た。
「なんだ簡単じゃん」といい気になって自慢しにイーストウッドに寄ったのだが、そこで本当の奥深さを知らされることになる。
お店の常連さん達はウエットフライの話や、高度なキャスティングの話、サクラマスの話などなど、遊び半分で始めたボクのドライフライフィッシングとは格段の違いがあった。
キャスティング、フライタイイング、フィッシング、それぞれの技術の重要性を少なからず感じざるを得なかった。
なぜなら、みんなサクラマスを筆頭に大ヤマメ、大イワナをたくさん釣りあげているのだから。
今まで自分がやってきた渓流釣りの概念をひっくり返さなければならないほど奥深いものを感じた。
大物を釣りたい一心で、フライフィッシングをまじめにやってみようという気になった。
フライ一筋で良い!。なんたって今まで餌やテンカラでさえなかなか釣ることが出来ない大物をフライで釣ることが出来るのだから。
続く・・
ボクが東京から八戸に戻ってきたときには既に開業しており、フライ用品だけではなくアウトドアウェアなどの品揃えも豊富だった。
当時のボクは餌釣師だった為、フライ用品ではなくウェアを見に行ったりする程度のお付き合いだった。
保険の仕事を専門でするようになった時に、つり保険の事でオーナーの田名部さんから連絡があった。
二人ほどご紹介いただき、お店にも顔を出すことが増えた。
お付き合いの意味もあり、フライ用品の購入について話を持ちかけた。
今にして思えばそれが運の尽きだった。

EASWOODオーナーの釣り姿。
在庫品のアイザックグラス7‘9“#3ロッドを格安で売ってくれるという。思わずグラッときた。
他にもリールやらラインも必要になるので、全部でどれくらいになるか見積もってもらうことにした。こうなってしまってはもう止まりようがない。
アキスコのリールとラインのセット品に、フロータントやリーダー、ティペットの小物類を見繕ってもらう。
さて、フライはどうしよう。テンカラをやっていたのでそれなりには巻けると思うのだが、バイスやハックルなどは持っていなかったため、これも手頃な物で必要最小限揃えた。
それでも一流メーカーのロッド1本ぶんにも満たない金額で全て揃える事ができた。
早速翌日、その道具と自分で巻いたエルクヘアカディスとパラシュートフライを持って近所の川へ出かけた。
5m位の距離ならテンカラと同じで簡単にキャスティングできたので、あっさりと初ヤマメを釣ることが出来た。
「なんだ簡単じゃん」といい気になって自慢しにイーストウッドに寄ったのだが、そこで本当の奥深さを知らされることになる。
お店の常連さん達はウエットフライの話や、高度なキャスティングの話、サクラマスの話などなど、遊び半分で始めたボクのドライフライフィッシングとは格段の違いがあった。
キャスティング、フライタイイング、フィッシング、それぞれの技術の重要性を少なからず感じざるを得なかった。
なぜなら、みんなサクラマスを筆頭に大ヤマメ、大イワナをたくさん釣りあげているのだから。
今まで自分がやってきた渓流釣りの概念をひっくり返さなければならないほど奥深いものを感じた。
大物を釣りたい一心で、フライフィッシングをまじめにやってみようという気になった。
フライ一筋で良い!。なんたって今まで餌やテンカラでさえなかなか釣ることが出来ない大物をフライで釣ることが出来るのだから。
続く・・